うぇびと呼ばれた少女が誰がうぇびですかと思いながら振り向くと、よく知った顔の下級生が助けてほしそうに泣き喚いていた。
10月末、帰りのホームルームが終わり、さて帰って稽古ですと教室を出たところだった。
海未「誰がうぇびですか」
青みがかった長い髪を後ろで結んだ少女、海未は呆れたように返答した。
「誰が…? だ、だれ…だ、誰か助けてーっ!」
海未「……どうしたんですか、もう」
「だれ、だ、う、海未ちゃん!海未ちゃん助けて!海未ちゃん大変なのー!海未ちゃん助けてー!」
タスケテロボと化した花陽。海未はポケットからハンカチを取り出した。
差し出すと友人の彼女はちーんと鼻をかんで、落ち着くため一息つき、改めて叫んだ。
花陽「誰か助けてー!」
花陽「あ、ちが、海未ちゃん助けて」
海未「もう少し落ち着いてください。汗だっていっぱいかいてるじゃないですか」
海未はバッグから別のハンカチを取り出すと花陽の顔を拭った。
海未「じっとしててくださいね」
花陽「わっ。べ、別に平気だよ…?」
海未「いいですから。そのキレイな顔を拭き飛ばしてやりますよ」
花陽「え、こわい…海未ちゃんこわい…」
花陽がブルブルと震えだす。
頭を撫でると花陽は笑顔になった。
海未「はいよく出来ました。かわいいさすが花陽かわいい」
花陽「そ、そうかな……てへへ」
花陽はだらし無く口を開けて横を向いた。
花陽「そ、そんなことないもん…」
海未「へえ。例えば? 何かありますか?」
花陽「………ママが隣にいなくても眠れるようになったもん」
感想に困るカミングアウトだった。
海未「やっぱり花陽は変わりませんね。私はそんなあなたのことが好きなんですけどね。また今学期も花陽と同じ学び舎に通えることを嬉しく思います」
花陽「え…/// それは花陽も…う、嬉しいよっ」
海未「はい。それでは失礼します」
花陽「ばいばーい」
花陽はふわりと咲いた花のような笑顔で海未を見送った。
それからハンカチを畳んでポケットにしまった。
洗濯して明日返さなきゃと思って、帰り支度をするために自分の教室に戻ったところで再び号泣してぐみぢゃあああと叫び上げた。
海未は昇降口で靴を履き替えるところだったけれど、その地獄の底から轟くような絶叫に仕方なく踵を返した。
海未「どうしたと言うんですか」
花陽「大変だよ……もうどうしよう……はぁ…」
海未「ですから、どうしたんですか。瑣末なことでしたら承知しませんよ」
花陽「うぅ…しょうちしてくれないのぉ…? 海未ちゃんだけが頼りなのに…」
海未「別に私じゃなくても、穂乃果とか、ことりとか」
花陽「海未ちゃんじゃなきゃ駄目なんです!こんなこと恥ずかしくて他の人に言えないよ!」
海未が花陽の机の天板に目を落とす。『将来の夢』と書かれたプリントが置いてあった。
海未は鼻で笑った。
海未「何を恥ずかしがることがあるんですか。まったく、ペン借りますね」
海未は『将来の夢』の下の空欄になっている部分にペンを走らせた。
大きな文字で『米農家』と書かれた。
海未「チャンス?」
花陽「違いま────す!!!!」
海未「あ、もしかして無農薬ということも追記した方が良かったですか?」
花陽「そういう問題じゃなくて!そういう問題じゃなくて!あっ、書き込んじゃったのぉ!?」
「あの、二人ともどうしたの…?」
花陽とはまた違った柔らかい声の女子が近付いてきた。
不安そうな顔をした女子はやはり知った顔であり今年も同じクラスになった友人であることりだった。
ことりはプリントを見て言った。
ことり「………」
別に何も言わなかった。
花陽「つっこまないのぉ!?何でつっこまないのぉ!?ことりちゃん何で何も言わないのぉ!?」
花陽が驚愕する。
花陽「食べる専門だから!花陽は食レポアイドルになりたいの!」
ことり「そうだよね、花陽ちゃんアイドルになりたいって言ってたもんね……じゃあなんで農家…」
海未「あっ、ちょっと失礼」
『米農家(無農薬)』の後ろにペンを走らせる海未。『ブランド米come near(寄り添って)』と付け足された。
花陽「ブランド名つけちゃったのぉ!?気が早いっていうかそもそもだから米農家にはならないよ!海未ちゃん!もう!んもう!」
癇癪を起こしたように頭を抱えてくねる花陽を見て海未はふふッと笑った。
海未「ふふッ」
ことり「は、花陽ちゃん落ち着こう…?」
花陽「はぁはぁ……は、はい。すみません、お見苦しいところを……」
海未「まぁ冗談はさて置き」
海未「花陽も来年は6年生ですからね。進路希望の一環とはいえ、将来の希望という課題を重く考え過ぎでは?そういうのは何となくでいいんですよ」
花陽「………」
俯いてしまう花陽。
海未「どうしました?」
ことり「花陽ちゃん…?」
様子がおかしいと二人は思った。
そういえば、花陽は私だけが頼りだと言っていたことを海未は思い出した。
海未「ことり、ちょっと帰ってもらっていいですか?」
ことり「なんで!?」
ぴい!教室に響くソプラノボイス。
ことり「え…そうなの?私と花陽ちゃんってそういう関係だったの…?」
花陽「じ、実は…」
花陽がぽつりと話し出す。ことりに緊張が走った。
花陽「り、凛ちゃんのことで……」
ことり「り、え、凛ちゃん?なんだ、凛ちゃんの話かぁ」
海未「ちょっと静かに」
ことり「海未ちゃん私に厳しくない?」
ことりの突っ込みを無視して話の続きを促す海未。その目は揺るぎ無いものだった。
海未「あなたの将来の夢と、凛が関係しているんですか?」
そう訊くと、花陽はううんと首を振った。
海未「凛の、将来の夢……?」
花陽が頷く。どうやら、それが今回の核心のようだった。
海未「なるほど。花陽は、その凛が書いた将来の夢を見たばかりに、そこまで落ち込んでしまったのですね。よほど衝撃的なことが書いてあったと」
花陽「うん。そうなんだ。すごくびっくりしちゃって」
ことり「何が書いてあったの?」
花陽「それは……えっと、それは……うぅ……ぐすっ…」
海未「あ、ことりが泣かせました」
ことり「!?」
海未「よしよし。何があったか、良かったら教えてくれませんか、花陽」
海未に頭を撫でられた花陽は、安心したように頷いた。
大きく息を吸って気を静める。
花陽「お嫁さん、って……書いてあったの」
海未「お嫁さん、ですか……」
それは何というか……とても女の子らしい夢だ、と海未は思った。
海未「それが問題なんですか?」
花陽「そうなんだぁ……ねぇ、海未ちゃん。花陽はどうしたらいいと思う?」
海未「えー…、えっと、ですね。どうしたらと言いますと」
花陽「どうやって凛ちゃんを説得すればいいかな?」
海未「止める気なんですか!?」
花陽「当たり前ですっ!」
ばん、と机を叩いて立ち上がった。
座った。
花陽「だって……凛ちゃんがお嫁さんに行っちゃったら、離ればなれになっちゃうじゃないですか……」
花陽「なっちゃいますよ……だって、お嫁さんになるってことは結婚するってことで、凛ちゃんに素敵な人が出来るってことだもん!」
ばん、と机を叩いて立ち上がった。
座った。
花陽「そんなの花陽耐えられないよ…! どうしよう、ねぇどうしたらいい?海未ちゃん、花陽もう分かんないよ……」
海未「……」
ことり「……」
二人は顔を見合わせて、お互いに困惑した表情を浮かべた。
海未「うーん……」
同世代の中では、結構大人びている方だと自覚している海未は、花陽の気持ちがよく理解できた。
これは、ひとえに子供なら誰でも一度は経験する心の問題だった。
座った。
これにやられたww
いつも一緒にいる友だちが、他の子と仲良くしてるところを見たときのもやもや感。
これはそういうものと同じで、何というか思春期特有の可愛らしい嫉妬の一つである。
人間関係の距離感をまだ測りかねている期間の、普遍的な現象。
海未「凛から詳しく話は聞きましたか?もしかしたら、花陽のお嫁さんになりたいのかも」
花陽「そんなわけないよ……女の子同士じゃ結婚できないもん…」
それは当たり前のことだった。
海未「……」
再び泣きそうな顔になる花陽。
こんなにも真剣に悩んでいる彼女に、海未は応えられるものを持っていなかった。
胸がじくりと痛む。
ことりが言った。
いつの間にか、花陽の前で軽く膝を曲げで、花陽と目線を合わせたことりがそう言った。
ことり「花陽ちゃん、そんな事ない」
花陽「?」
涙目の花陽が、不思議そうに見つめる。
ことりは優しく微笑むと、花陽の頭を撫でた。
ことり「偉いね、花陽ちゃんは」
花陽「ぐすっ…どうして…?」
ことり「だって、凛ちゃんのことが大好きなんだなって、すっごく伝わってきたもん。あのね、自分の気持ちを伝えることってね、ほんとはすっごく難しいんだよ?」
だから花陽ちゃんは偉い。
再び花陽の頭をよしよしと撫でることり。
あまりに優しいことりの顔に、花陽の涙も自然と収まっていた。
ことりの視線が、じっと花陽を見つめる。
何も悩む事はないと、心配事なんて何もないと言いたげなその表情。
ことり「女の子同士でもね、結婚はできるんだよ?」
花陽「えっ?」
ことり「ことりテレビで見た事あるんだけど、外国だと女の子同士でも結婚できる国があるんだって」
花陽「ほ、ほんと…?」
ことり「うんっ、ほんと。だから、凛ちゃんが花陽ちゃんのお嫁さんになることも出来るんだよ」
花陽「ほ、ほんとぉ…?」
花陽の目がキラキラと輝きだす。
ことり「うん。もちろん、花陽ちゃんが凛ちゃんのお嫁さんになることも♪」
花陽「……っ!」
ぱああ、と花陽が光った。
いつの間にか、教室に斜陽が射し込む時間になっていた。
ことり「だから、一度ちゃんと凛ちゃんとお話ししなきゃね♪」
花陽「うんっ!」
花陽はペンを握ると、海未が書いた文字の上にしゃしゃっと線を引いて消した。
海未「あああっ!」
その下に『お嫁さん』と書いて、花陽は立ち上がる。
花陽「先生に出してくるっ!」
元気いっぱいな言葉とともに、花陽は駆け出していった。
海未「ことりには敵いませんね」
ことり「え?」
下校途中。肩を並べて歩くことりに、海未は呟いた。
海未「まさかあんな風に解決してしまうだなんて。びっくりしました」
ことり「クスクス♪ そうかな? 私には他の解決方法が思い浮かばなかっただけだよ」
海未「ふふ、海外で結婚だなんて。本気じゃないでしょう?」
ことり「ふぇ? ことりはそういう選択肢もあるかなって本気で思ってるけど」
海未「え?」
────クスクス♪ ことりが笑う。
ことり「でも、花陽ちゃんもあんなに悩む事ないよね。だって、花陽ちゃんの一番が凛ちゃんなのと一緒でさ、凛ちゃんの一番も花陽ちゃんに決まってるんだもの♡」
ことりの言葉に海未は感心する。
時々ことりは、こんな風に全部を見透かしたような、核心めいたことを言うのだ。
海未「ことりには負けました」
やれやれと溜息をつく。
冬の陽が作る影は長く伸びていて、進むたびゆらゆら揺れた。
ことり「海未ちゃん負けたの?」
海未「え?は、はい…ことりの勝ちです」
ことり「えへへ…やったぁ♡」
何がそんなに可笑しいのか、ことりはマフラーに顔をうずめて笑った。
お わ り
やはりことりちゃんの反ぷわぷわーおは
幼少仕込みだったかw
あと、うぇびちゃんの方がぷわぷわーおなところも
GOD版の小学生時代からのことほのうみえりりんぱな幼馴染設定すき
【ラブライブ】小学生時代のことうみぱな良いなww海未『花陽の悩み事』【SS】@ ラブライブ|ラブライ部!LOVE LIVE CLUB